おばかさん

適当に思ったことを書いています

電車の運賃にも重量制を導入すべき

電車やバスの運賃を、乗客の体重と荷物の重量の合計に比例させた方が良いのではないかと最近思っている(妊婦さんやベビーカーを連れた人や車いすの方々は対象外)。体格に応じて運賃を決定するのは差別に繋がるという意見も出てくるだろうけど、それでも理に適っているんじゃないかと思う。

  • 体重100kgの大人と体重50kgの大人が支払わないといけない運賃が同額なのは明らかに不公平ではないか。体重100kgの人を運ぶのに必要なエネルギーは、体重50kgの人を運ぶのに必要なエネルギーの2倍程度だろう。鉄道会社側からみれば、体重100kgの人を運ぶには、体重50kgの人を運ぶのと比べて2倍のコストが掛かるということである。運送に必要なコストが2倍も違うのに運賃は同じというのはおかしいだろう。郵便物はその重量に応じて料金が変わるというのに。重量制という合理的かつ誰にとっても公平な値段設定が、郵便物では当たり前のように採用されているのに、公共交通機関では一向に採用される気配がなく、そういう議論すら起こらない。体重50kgの人は体重100kgの人と比べて、体重1kg当たりに支払わなければならない金額が2倍になるから、体重50kgの人にとって電車の運賃は相対的に割高になってしまう。ああなんと理不尽なことだろう。
  • 人間の比重に個人差はあるだろうが、通常は体重が重ければ体積も大きくなるから、体重が重い人ほど電車内の広いスペースを(我が物顔で)占有することになる。一方、体重が軽い人は大抵の場合痩せているか小柄なので、電車の中では邪魔になることは恐らくない。ここでは、体重が重く太った人は、体重が軽く痩せた人の2倍から3倍程度の体積を持つと仮定しよう。このとき、例えば朝夕の通勤通学ラッシュの時間帯で、太っている人が1人乗っているせいで普通の体格の人(2~3人)が電車に乗り切れないといったことが起こり得る。また、太っている人が座るとその両隣には座りづらいだろうし、極端な場合には2席分を1人で陣取るなんてこともあるかもしれない。普通の体格の人と太っている人とでは運賃に差がないのに、普通の体格の人は「太った人のせいで電車に乗れない」「太った人のせいで座れない」といった損失を被る。即ち、同じ料金を支払っているのに同レベルのサービスを享受できない場合がある(太った人にその機会を奪われる)。また「太った人に押しつぶされて不快な思いをする」「太った人の汗や体臭で気分が悪くなる」といったことは日常茶飯事だろう。鉄道会社側からみても、太っている人が1人乗るなら普通の体格の人が2人乗った方がより多くの収入が得られるので、太った人が乗るせいで電車の各車両の収容人数が減ると不利益を被ることになる。体重に応じた価格設定であれば、太った人が沢山乗車して収容人数が減っても、鉄道会社の収入に打撃を与えることはないと考えられる。車内で太った人が広いスペースを占有していても、また2席分を使っていようとも、その分料金を多く支払っているのだから納得できるし、何より公平感があるし、「邪魔だ」と思うこともきっと減るだろう。
  • 体重に応じて運賃を決定すれば、例えばメタボで体重が増えた人なんかは、少しでも運賃を切り詰めるために痩せようと思うだろう。太った人やメタボの人にとって、体重を落とせば少しは健康になれるし、また運賃も安くなるので一石二鳥である。健康な人が増えれば、糖尿病や高脂血症で病院に掛かる人が減るから医療費を削減できる。太った人は体積に対して表面積が小さいため体内の熱を体外に発散しづらい、つまり太った人は体が熱くなりやすいから頻繁に汗をかくし、冷房の効いた環境を欲する。太った人が減れば冷房代を節約できて鉄道会社も喜ぶかもしれない。まあここまでとんとん拍子には行かないだろうけど、何かしらの良い影響があるのは間違いない。メタボの人が増えて問題になってるんだったら、痩せた人が得をするシステムを構築してやればいい。電車の運賃を重量制にするというのは十分に実現可能で、導入コストもそこまで掛からないだろう(システムの改修と体重計の購入は必要)。電車の利用客は多いから効果は絶大だろうし、万が一導入コストが高くなってしまったとしても、それを補って余りあるほどの利益を社会にもたらしてくれるに違いない。